尊敬
-可視尊敬語と不可視尊敬語可視尊敬は聞き手、話してや、今目に見える範囲にいる人への尊敬。不可視尊敬は、話題にはあるが見える範囲、聞こえる範囲にいない人への尊敬。
ミリ語の動詞にはmau動詞とpia動詞がある。mau動詞は可視尊敬の時はmano、不可視尊敬の時はpanoを伴い、pia動詞は可視不可視関係なしにpiaを伴う。
可視のときにmau動詞にpianoを伴うのは失礼なのでやめませう。
lau mono kisomo.「召し上がってください。」
lau pono kimomta.「お決め下さい。」
pono sanemo pa w helte.「ヘルテさんが召し上がった。」
manoで完了形を表した時は、yas従属節内は現在形にしても完了形にしても前の相と同じとしてとらえられることがほとんど。というかミリ語の従属節は大体こんな感じだろ。
manono somo yo kam ise.「何をお召し上がりになりましたか。」
これを
panono somo pa kam ise.などと聞くと、失礼になる。
somoという相手の行為に対して、それがpanoにより相手の行為ではなく、相手の思考への尊敬になり、疑問文だとわかりにくいから、panono somo yo banan, yaamii.「魚をお食べになりましたよね。」とか聞くと、「俺が魚食べたことじゃなくて、魚料理を食べようとした心情を上に上げようとするとかお前ちょっと上から目線じゃね」という理論が発動します。気を付けて。
○注意
可視尊敬、不可視尊敬は尊敬語の対象が動作の焦点でなければ使えない。なぜなら、mauno,pianoは動詞ごとに対応しているが、それは動詞の焦点の動作が行為としての動作なのか心情内の動作の違いに対応しているだからだ。
例えば manono somo pa banan, yaamii.「魚を食べられたんですよね?」となると、&bold(){尊敬の対照が魚になってしまう}これはえらいこっちゃである。
こういう時は、焦点の移動が必要である。そうだよ、オエモだよ!
焦点移動オエモというのがミリ語にはあるんだよ。そうだよ。
なので manono pauw somo pa banan, yaamii.「魚料理を食べられたんですよね?」とするといいのです。
ちなみにyaamiiは少し目上の人にはいいけど、かなり目上の人にはisenなどの丁寧語を使わないとすこし失礼になります。
尊敬語ではあえて焦点移動オエモを使ったりすることも多々。
-可視謙譲語と不可視謙譲語
可視謙譲は「明日お伺いします」のように、話してがいて、自分を下げる謙譲語。
不可視謙譲は「明日○○さんのお宅にお伺いするんです」のように、動作の先が見えない聞こえないな状態。お伺いする先の人に対してあまり気を遣わなくてもいい状態。
可視謙譲はオエモina 動詞+no
不可視謙譲は接頭辞 動詞+no
ueetolo ina nikieno.「明日お伺いします。」
ueetolo nikieno li elnomos mi w helte.「明日ヘルテさんの会社へ伺います。」
可視謙譲のシチュエーションで不可視謙譲使うと、少し失礼。
inaという語は「lina」から来ている。linaで相手に対して少しワンクッションを置いて、自分を下げている。不可視では相手がいないため、このプロセスが必要ない。可視謙譲ではこれがないと早口でnが聞こえなくなったりしたときにさらに失礼にもなるのでinaつけとけina。
-丁寧語
自分や相手をあげたりせずに、文を聞き手に上品にする作用のある語。
疑問終副詞isenなど終副詞の敬体を使ったり、名詞の敬体形や、代名詞の敬体などを使う。
nikie ken.「行きます。」
法副詞lauも丁寧語に入る。
親族名詞の+senも丁寧語に入る。